そろえなくて、いい


幼少期から図書館に通っていた者として、
貸し出しカウンターに本を出すときはバーコードの付いた裏表紙を上にして相手側に向けるように本を揃えてしまう…ということに気づいた休日の図書館、昼下がり。


少し前までは本の貸し出しには一冊ずつバーコードを読む必要があった。本を裏返して揃えるのはそれだから身についた習慣である。それがここ数年の間に読み込みスペースの上に置けば勝手に冊数も情報もPCに読み取られて処理が可能になった訳で、いち利用者としてはバーコードはもっぱら読み終えた本をiPhoneのアプリに記録するときにしか使っていない。余談だがこのアプリ、本を借りてしばらく読み進めてから妙に展開を先読みできる事実に不安を覚え始め、終盤にさしかかったあたりでふと、この本……読んだことある………!という恐怖体験のある方にはオススメする。DVDも登録できるから、蔦屋でなら覚えがあるという方にも。
ほら、日常茶飯事でしょ?

話を戻して、最近はそもそもセルフレジのように自分1人でも貸し出し処理が可能なので、予約本の受け取りがなければ、貸し出しカウンターに行く必要もない。私は大抵、予約本が来ているのでカウンターに並ぶが。
館員さんとのやりとりも不要な訳で、それはそれでなんだか…とコミュ障な癖に寂しさだけは感じる。混んでたら使うけど。


そういえば小学校から高校までの図書室は、私の頃には既に「耳をすませばごっこ」はできないシステムだった。
手書き手書きなのだが、本にカードが付いているのではなく個人ごとのカードがカウンターにあり、そこに借りる本の名前と日付が記入されていく。個人情報の保護、ということだろう。
これは借りるときに作られるものだったので、図書室に一度でも来たことがなければカードすら存在しない。

…とはいえ万年図書委員のこちらからすると、気になる人の貸し出し記録は一気に見られるシステムであるというのは秘密である。悪用するような阿呆はいなかったし、微笑ましいじゃないか。
図書委員手書きの督促状を教室に持っていく方が面白かったけど。

大学の頃はすっかり、学生証をかざせばテーブルに書かれた円の中に置いた本の貸し出し処理が済むシステムが浸透していた。本を探すのも検索機でできるから、レファレンスは漠然とした要望で読む本が決まらない…というような状況でなければ必要もない。

自分以外に人がいなくても本を持って帰るとこまで済む。まぁ、それでちょっと恥ずかしい本(昔読んだ童話を借りるとか、妙に表紙がアニメチックな小説を借りるとか、借りる本全て同じ作者とかちょっと恥ずかしい時もあるじゃない?)を借りたりするには助かる事も多いわけだけど、

やっぱりなんだかせっかく紙媒体を愛し、手触りや人が読んだ本を手にする繋がりを受け止められる場なんだから、いっそ端末越しになってゆくなら、本について語り合うだけの図書館内でしか使えないSNSでも出来たら面白いのにな、と思う。